思考停止ギブ&ギブに違和感がある

こんにちは!あつおです!

初めて来た方には先に短いプロフィールを読んでいただけらと思います。>>>プロフィール



「人を変えることは難しいが、自分を変えることはそれよりも難しいことではない」

このような言葉を耳にしたことはあるでしょうか。

今回は私の好きな意識高い系クラスタの中でよく見かける、Give & Give & Give について書きます。

思考停止良い人ごっこは損をしてる可能性がある!

人生において自分の価値を実感し幸福を感じ得るための手段として「他者貢献」という言葉があります。

人生についての命題は数多くありますが、上記の「他者貢献」はアドラー心理学の『嫌われる勇気』にて紹介されています。

その他、自己啓発書でも「Give & Give & Give をしろ!」といった内容はよく書かれており、SNSでも下記のような投稿が多くの人に支持されているのが確認できます。

  • 「とにかく貢献をしよう」
  • 「気持ちは常に Give & Give & Give」
  • 「相手が願う10倍のものを用意しよう」


私もその通りだと思います。


決して見返りを求めず、貢献をし続ける。

他者貢献をすることで信用が積み上がり人に好かれ、すると必然的に自分の周りは信頼できる人で溢れていきます。

さらに、「自分は誰かの役に立っている」という自己の価値を実感することにもなります。

他者貢献、つまりGive & Give することは相手のためであると同時に、自分のためにもなるのです。

Low Giver から High Giverになれ!

しかし、他者貢献と自己犠牲を混同させてはいけません。

誰かれ構わずに他者貢献してしまうことを「Low Giver」と呼びます。

世の中には自分が想像もしないような悪い思考を持っている人がたくさんいます。

その人は「この人(Giver)に頼めば毎回ある程度のモノを無償で貰える」と、打算的に受益のみを求める輩もいるのです。

相手がそういう人であることが明らかである場合でも Give する必要はあるのでしょうか?

自分の時間とエネルギーが搾取されるだけであり、相手はそれを知りながら行動しているのです。

そこを見定められず、自己犠牲してしまう人を「Low Giver」と言います。

「Low Giver」と違い「High Giver」はお互いにシナジーを生み出せる可能性がある相手、または故意に危害を加えてくることがない相手を見定めてGive & Give をします。

補足:
「Low Giver」は悪いという訳ではなく、他者貢献そのものは素晴らしい行為です

ただ上記の通り、悪意を持った方に対して貢献をしていると信頼ではなく悪意のある信用だけが積みあがってしまうのです。

「Low Giver」でいると、各人がそれぞれ目指す目標へ遠回り、果ては阻害要因となってしまいます。

超人の心を持っているのであれば「無償のGive」が理想だが・・・

だまされて利用されることだってあるでしょう。しかし、ご自身が裏切った側の立場になって考えてください。あなたから裏切られてもなお、無条件に信じ続けてくれる人がいる。どんな仕打ちを受けても、信頼してくれる人がいる。そんな人に対して、あなたは何度も背信行為を働くことができますか ~(中略)~ きっと至難の業でしょう。(『嫌われる勇気』p.232より)

上記はベストセラーとなった『嫌われる勇気』から引用しています。

彼の主張には「High Giver」や「Low Giver」といった概念はありません。

他者貢献にとにかく打ち込むのが本当の信頼の築き方である、というのです。

アドラー心理学における他者貢献のポイントは

  • 自分には相手を信じることも、疑うこともできるが、本当の信頼を築くためにはどちらを選ぶかは明白である。
  • 自分ができることは何か、自分の課題だけを見極めることが重要である。
  • 関係を築きたくないと思う相手だと判断するなら、関係をバッサリと切ってもいい。
といったところです。

私はこの書籍を読んだ時は「なるほど確かに!」と驚嘆しました。

しかし、懸命に他者貢献を実践し、かつ何度も考えた結果、そんなことができるのは精神が超人となっている人だけではないのか??と思うようになりました。

それまで普通の人だった私が、急に誰かれ構わずに無償のGiveを与え続けた結果疲れてしまい、それでもなお続けるけることは苦行だったのです。

みやぞんを目指せ!それまでは「打算的なGiver」で良いんじゃない?

それでも結論として一番理想なのは「無償のGiver」です。

これまで書いたように、悪意ある相手にGiveをして裏切られても、自分が相手を信頼してGiveを続けると 最終的には信頼を築くことができるとされています。

しかし、今それができていると私が思えるのは芸人の「みやぞん」だけです。(2秒ほど考えてぱっと浮かんだのがみやぞんでした・・・。)

彼はお願いされたことに「No」を出しません。

お願いされてないことでも、困っている人がいれば放っておけず、自分にできることはないか探すような人です。

天然だとかバカだとか、お人よしだと笑われても他者貢献をし続ける。そんな彼を裏切れる人はいるのでしょうか。(みやぞんを知らない人は検索を!)


ただ、あの精神構造を目指せと言われても、なかなかできるものではありません・・・。

であれば、Giveする対象を限定する、つまり「High Giver」の視点で行動してもよいのではないでしょうか。

誰かれ構わずに他者貢献に努めていると、私みたいに他者貢献が苦行と感じてしまいます。

ストレスとなってしまっては本末転倒です。

無償の貢献をし続けるより、「High Giver」であるほうが自分への負担はかなり小さくなります。

スポンサーリンク

他者貢献に必要なモノは「勇気」だけ

最後になりますが、人は他人と関わらなければ生きていけません。

自分の身の振る舞いで、自分に関わる友人や環境が変わることは明白です。

まずはほんの小さなことでも誰かのためになる行動を、そして徐々に他者貢献の範囲を広げ「High Giver」となりましょう。

「High Giver」により、自己の価値を認識し、他人からの信頼も十分に積みあがったら「Low Giver」にも挑戦し、無敵の無償Giverを目指してみるのも良いですし、無理に目指す必要もないです。


今の時代ではあらゆるサービス、技術が普及しており人々の境界線がなくなっています。その時代の中、今後 最も価値が高くなるモノは他人との「信用」です。

これさえあれば人は何でもできます。

信頼を積むのに必要なのは、誰かのために行動を起こす勇気だけですよね。

他人を変えることは難しいです。人に好かれてもらう小手先の技術なんてものも必要ありません。

大事なのは自分が相手を好きになり信用する。これだけです。

ただこれには勇気がいります。

逆に嫌われてしまわないかな、
迷惑になってないかな、
裏切られたりしないかな、

上記の不安はすべて他人の問題です。

自分に必要なマインドは「他人を信用する勇気」だけです。


稚拙な文章ですが、共感いただけたら幸いです。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です